強烈なビジュアルと振る舞いを持つ帝に魂を吹き込んだのは、歌舞伎俳優の中村七之助です。高畑監督は、歌舞伎界で女方から立役まで幅広くこなす七之助の気品あふれる発声と繊細な演技力に惚れ込み、帝役に抜擢しました。
アフレコ現場ではアニメの絵に合わせる通常の手法ではなく、声の芝居を先に収録してから作画を行う「プレスコ(プレレコーディング)」形式が採用されました。七之助は、高貴な生まれゆえに「他人に拒絶された経験が一度もない男の屈託のなさ」を完璧に表現。決して下品な悪人ではなく、本気でかぐや姫を慈しんでいるつもりでいる特権階級の無邪気な残酷さを、艶やかな美声で見事に成立させました。
完成した本編を観た七之助自身も、自分の声に重なる帝のアゴの尖り具合に驚きつつ、高畑監督の卓越した人物描写の深さに深く感嘆したというエピソードが残っています。