井泉水門下の双璧として、放哉としばしば対比されるのが種田山頭火である。ふたりは同じ自由律俳句の旗手でありながら、その生の軌跡は驚くほど対照的だった。山頭火が西日本を果てしなく歩き続け、「分け入っても分け入っても青い山」と流転のなかに身を置いたのに対し、放哉は「動かない孤独」を選んだ。
狭い庵にうずくまり、畳の上の蟻や障子の破れ目を凝視し続けた放哉の句は、内へ内へと圧縮された重力を持つ。足を使って空間を広げた山頭火と、自閉することで精神の深淵へと潜り込んだ放哉。定型を破壊したふたりの表現様式は、五・七・五という伝統的な韻律から解放された日本語が到達した、ひとつの極北を示している。