彼の才能の原点は、1970年代末から80年代にかけて起こった劇的な演劇・演芸シーンの地殻変動にある。三宅裕司らと共に駆け抜けた「劇団スーパー・エキセントリック・シアター」での舞台経験は、言葉のテンポ、観客の感情の波をコントロールする間(ま)の取り方、そして視覚に頼らないコメディの骨組みを彼に徹底的に叩き込んだ。
この劇場経験が、そのままニッポン放送を中心とするラジオ番組の構成へと移植された。目の前に客がいないスタジオで、あたかも目の前に熱狂的な観客が群がっているかのような臨場感を作り出す。放送作家として彼が持ち込んだのは、洗練されたコントの構築手法と、徹底した「聞き手ファースト」の構造分析だったのだ。