本事件が遺した最大の社会的波紋は、少年法そのものの妥当性を問う大規模な法改正運動へと波及した点にある。それまで「非行少年の健全育成と保護」を前面に掲げていた法制度に対し、「加害者の人権が優先され、被害者や遺族の権利が軽視されている」という批判が爆発的に高まったのである。
これに対し、日本弁護士連合会(日弁連)は少年法の基本理念である教育刑主義の重要性を主張し続け、安易な厳罰化が犯罪の根本的解決にはならないという見解を堅持した。人権擁護と被害者感情の挟間で生じたこの決定的な対立は、その後の2000年代以降における少年法改正のプロセスや、刑事罰の適用年齢引き下げ議論に決定的な影響を与え続けることとなった。