なぜ、私たちはこれほどまでに彼らの過去に囚われるのだろうか。
それは、彼らが体現していたものが、現代のSNSで規格化された「お行儀の良い恋愛」とは対極にある、剥き出しの人間らしさだったからかもしれない。リスクを顧みず、互いの魂を削り合うような関係性。それは、コンプライアンスが重視される現代において、もはや失われた「昭和的」とも言える熱量の名残りだった。
誰もが傷つかない選択をする時代に、彼らの物語はあまりにも生々しく、そして美しかった。だからこそ、それぞれが別の道を歩む今でも、私たちは二人の名前に特別な感情を抱いてしまうのだ。