精神科の現場において、病気の予後を決定づけるのは薬物療法だけではありません。精神医学と家族社会学の交差点で長年指摘されているのが、患者を取り巻く家族環境における「表出情動(Expressed Emotion: EE)」の影響です。
高EE(High-EE)とは、家族が当事者に対して「批判的な言動」「敵意」「情緒的過干渉(過剰な保護やコントロール)」を強く向けている心理状態を指します。国内外の臨床比較データにおいて、高EE環境下で生活する統合失調症および双極性障害の患者は、低EE(温かく受容的でありながら適切な距離を保つ)環境の患者と比較して、退院後の再発率が2倍から3倍以上に跳ね上がることが一貫して立証されています。
病気の発症によって家族内に生じる葛藤は深刻です。当事者の手記や臨床心理の面談記録には、以下のような生の苦悩が数多く記されています。
「家族から『怠けているだけだ』『早く元のしっかりしたあなたに戻って』と毎日のように責め立てられ、焦りと恐怖で幻聴が再燃した」(20代・統合失調症当事者の手記より)
「躁状態の浪費や奔放な行動に振り回された家族が、寛解期になっても一挙手一投足を監視するようになり、家庭内が窒息しそうな緊張感に包まれていた」(40代・双極性障害当事者家族の証言より)
家族が「病気を治そう」と必死になるあまり、当事者の自己決定権を奪い、共依存的な過干渉に陥ることは、結果として双方のメンタルヘルスを激しく摩耗させます。支援者に最も求められるのは、「心理的バウンダリー(自他の健全な境界線)」の確立です。「本人が抱える感情の責任」と「家族自身の生活の安定」を明確に切り離し、病気の症状による言動を人格攻撃として受け止めず、医療チームという外部リソースへ適切に橋渡しする姿勢が、双方を守るための防波堤となります。