東日本大震災では、情報を発信して地域住民の避難を促す立場にあったメディア関係者や自治体職員が、自らの命を危険に晒しながら職務を全うし、犠牲となった事例が複数存在します。
地域密着のコミュニティFM局や地元ケーブルテレビの現場では、津波が迫るギリギリの瞬間までマイクを握り続けたパーソナリティや技術スタッフがいました。例えば、宮城県岩沼市の「エフエムいわぬま」や岩手県釜石市の臨時災害放送局などでは、停電や機材トラブルと戦いながら安否情報を流し続けました。その過程で、取材に出て津波に巻き込まれた地方記者やカメラマンも確認されています。
全国的に最も強い感銘と悲痛を与えたのは、アナウンサーではありませんが、行政の防災無線を通じて避難を呼びかけ続けた宮城県南三陸町の防災対策庁舎の職員・遠藤未希さんの行動です。「6メートルの津波が来ます、早く高台へ逃げてください」と防災無線のマイクを握り、庁舎が完全に水没する直前まで叫び続けたその声は、多くの町民の命を救った一方で、本人は庁舎とともに津波に呑まれ犠牲となりました。この出来事はメディア関係者やアナウンサーの間でも「命を伝える使命と自らの命を守る行動のバランス」という重い課題として、現在も研修などで深く議論されています。