当時のワイドショーや週刊誌は、この騒動を「人気女子アナの不倫略奪婚」としてセンセーショナルに報じました。しかし、現場のスタッフや関係者の証言を丹念に追うと、事態は単純な恋愛遊戯ではなく、当事者たちにとって極めて重い決断の連続であったことが分かります。
当時、内村光良さんはテレビ朝日の幹部陣から厳しい叱責を受け、同局でのレギュラー番組が次々と終了するなど、事実上の「追放状態」に追い込まれました。冠番組を支えてきた看板タレントが一夜にして干されるという厳しい現実の中、内村さんは一切の言い訳をせず、徳永さんとの交際と将来に対する責任を全うする姿勢を崩しませんでした。
徳永さんもまた、2004年に『報道ステーション』のスポーツキャスターとして奇跡的な現場復帰を果たしたものの、世間の好奇の目に晒され続けました。最終的に「自分の存在が局や周囲にこれ以上の迷惑をかけてはならない」と判断し、2005年4月にテレビ朝日を退社する道を選びました。
ネット掲示板やSNSが台頭し始めた時代背景も重なり、苛烈なバッシングが吹き荒れましたが、二人は沈黙を守り続け、プライベートでの誠実な関係構築に専念したのです。