1912年(大正元年)9月13日、明治天皇の大葬の夜、乃木希典と妻の静子は赤坂の自邸で自刃した。この殉死は、当時の日本のみならず世界中に巨大な衝撃を与えた。
近代化を急速に推し進めた大正の幕開けにおいて、封建的な武士の作法による自決は「時代遅れの狂気」と批判される一方で、夏目漱石の『こころ』や森鴎外の『阿部一族』など、当代の知識人に圧倒的な精神的問いを突きつけた。乃木の遺書には、西南戦争で軍旗を敵に奪われたことへの35年間にわたる悔恨が記されていた。
しかし近年の心理史的アプローチでは、軍旗喪失の責任感だけでなく、旅順で散った部下たちへの永遠の殉葬、そして唯一の理解者であった天皇を失った喪失感が複雑に絡み合った結末であったと解釈されている。静子夫人の同調自決も含め、武士道という倫理体系が近代国家と衝突した究極の特異点だった。