本作のバックボーンとなったのは、1945年の米兵捕虜に対する「九州大学生体解剖事件」というあまりにも凄惨な実話だ。当時の九州帝国大学医学部において、軍部と医学部幹部の主導のもと、8名の米兵捕虜が不可逆的な実験手術の犠牲となった。この陰惨な史実に着想を得た遠藤周作は、単なる実話の暴露本に終わらせることなく、狂気に至る心理的プロセスの真実に迫った。
執筆時に遠藤が触れた未発表の取材手記や裁判記録の影には、悪魔的な悪意ではなく、受動的な「流されやすさ」が存在していた。罪悪感の欠如。命を奪う現場に立ち会いながら、「断れば自分が不利になる」「周囲もやっている」という同調圧力が、いかにして人間の倫理を麻痺させたのか。文芸考察が明かすその真実は、人間存在の脆い暗部を冷酷に浮き彫りにする。