今日、私たちが「乳がんの種類に応じた薬物療法」を当たり前の選択肢として享受できている背景には、医学史における劇的なパラダイムシフトが存在する。
20世紀半ばまで、乳がん治療の主流はハルステッド手術と呼ばれる広汎な乳房切除術だった。胸筋やリンパ節まで根こそぎ削ぎ落とす過酷な手術が「唯一の根治策」と信じられていた時代だ。この常識を打ち破ったのが、米国の外科医バーナード・フィッシャーである。
フィッシャーは「乳がんは局所の病変にとどまらず、発症初期から全身病の性質を帯びている」という仮説を提唱し、大規模な臨床試験を通じて乳房温存療法の妥当性を証明した。日本の医学論文プラットフォームJ-STAGEに収載されている数々の歴史的論考を紐解いても、彼の発見がその後の薬物療法の発展にどれほど決定的な影響を与えたかがよく分かる。がんを力任せに切り取る時代から、病態の生物学的特性(サブタイプ)を見極めて薬で抑え込む時代へ。現代の乳がん診療の根幹は、ここから始まった。