時計の針を100年以上前へと巻き戻してみよう。1918年米騒動の発端は、富山県魚津町(現在の魚津市)の漁師町の女性たちが起こした小さな行動だった。第一次世界大戦の好況に伴う急激なインフレーションと、シベリア出兵を見越した商人たちによる買い占めや売り惜しみ。米価は庶民の日当を遥かに超える水準まで急騰し、家族を養う母親たちは米の県外移出を阻止するため、船に駆け寄り実力行使に出た。
火の手は瞬く間に全国へと燃え広がった。炭鉱、工業都市、農村へと連鎖した抗議行動は、警察の手には負えず軍隊が投入されるほどの国家的動乱へと発展する。当時の寺内正毅内閣は事態を収拾できず、最終的に総辞職へと追い込まれた。この出来事が暴き出したのは、単なる食糧不足ではない。急速な近代化の影で取り残された庶民の生活苦と、投機に走る資本、そして後手に回り続けた政府の無策という構造的欠陥だった。