1987年のデビュー以来、光GENJIが巻き起こした社会現象は凄まじいものだった。レコード大賞受賞、全国のCDショップや劇場に殺到する群衆、そして寝る間もない怒涛のスケジュール。その狂乱の中心で、メンバー最年長としてグループの手綱を握り続けたのが彼だった。
年下のメンバーたちが奔放な個性を発揮する中で、まとめ役としてのポジションは決して容易なものではなかった。しかし、ステージ上でのパフォーマンスに対する厳しさと言葉遣いや佇まいに滲み出る誠実さは、当時から際立っていた。狂乱の80年代を生き抜き、グループの解散という大きな節目を迎えた時、彼が選んだ道は「生の舞台で生きていく」という地道な道だった。