岩手県奥州市出身の大谷翔平選手が、地元屈指の名門である花巻東高校に入学したのは2010年4月のことです。当時から地元では評判の大型右腕でしたが、全国的にはまだ無名の存在でした。中学時代に水沢リトルシニアで活躍した大谷選手には、全国の強豪校から多数のスカウトが殺到していました。その中から花巻東を選んだ決定的な理由は、3学年先輩である菊池雄星投手(現MLB投手)の存在と、佐々木洋監督の指導方針に深く共鳴した点にあります。
入学当初の大谷選手は、身長190cmを超える恵まれた体躯を持ちながらも、骨が急激に伸びる成長期特有の「成長痛(骨端線損傷)」に悩まされていました。ここで佐々木監督が下した決断が、のちの大谷選手の運命を大きく左右します。監督は目先の勝利のために無理に投げさせることを禁じ、1年次の大半を「身体づくりと外野手としての起用」に充てたのです。
当時のチームメイトやメディアの記録によると、高校入学直後は細身で線が細かった少年が、徹底した管理とトレーニングによって瞬く間に球速を伸ばし、高校1年秋にはすでに最速147km/hを記録。高校2年春には151km/h、そして3年夏にはアマチュア球界の歴史を塗り替える領域へと突き進んでいきました。