日本での大成功を置き土産に、彼は再びメジャーリーグベースボールへと挑戦の場を移した。契約を勝ち取ったのはサンディエゴ・パードレス。NPBで研鑽を積んだ助っ人外国人が、メジャーへ「逆輸入」されて活躍する成功モデルの先駆者となったのだ。
サンディエゴではタフな場面での登板を重ね、中継ぎ陣の一角として重宝された。しかし、過密日程とハイレベルな打線がひしめくナ・リーグ西地区での戦いは決して平坦ではなかった。怪我による離脱や制球に苦しむ時期もあったが、日本で培った「ストライクゾーン内で勝負する覚悟」が彼を支え続けた。