那田蜘蛛山での絶望的な戦いから、無惨との最終決戦に至るまで、彼は常に最前線近くにいた。同期の多くが命を落とし、最強の「柱」たちすら次々と倒れゆく中、彼はかすり傷を負いながらも生き残った。この驚異的な生存率は、単なる「運」だけで片付けられるものではない。
彼の戦闘スタイルは、水の呼吸。しかし、炭治郎や義勇のように水のエフェクトがはっきりと見えるほど極めてはいない。本人の実力は決して高くないのだ。それでも生き残れたのは、己の限界を正確に把握し、無理な特攻を避ける「戦術的撤退」と「サポートに徹する割り切り」ができていたからに他ならない。