本作の根底を貫くテーマは、対比される2つの言葉「砂糖菓子の弾丸」と「実弾」の力学に集約されています。
海野藻屑が撃ち続けた「砂糖菓子の弾丸」とは、子供特有の嘘、空想、無垢な好意、そしてファンタジーの言葉です。「自分は人魚だから足が痛い」「水を飲まないと死んでしまう」という虚飾は、父親からの凄惨な暴行という過酷な現実から自らの精神を守るための防衛機制でした。しかし、この砂糖菓子は現実の硬質な暴力や悪意に対しては何の打撃も与えられず、ただ甘く溶けて消えてしまいます。
一方で山田なぎさが求めた「実弾」とは、冷酷な社会で自立して生きていくための現実的手段(金、資格、学歴、大人のルール)です。なぎさは自らを「早く社会の歯車になりたい」と律し、甘い子供の世界を拒絶していました。
しかし、物語のラストにおいて、この力学に劇的な変容が訪れます。藻屑が命を落とし、砂糖菓子の弾丸の無力さが証明された後、なぎさは藻屑の残した言葉や記憶が、自らの心の中に決して消えない痕跡として焼き付いていることに気づきます。現実にコミットできなかった砂糖菓子の弾丸は、受け取った人間の魂を穿ち、生き延びるための「実弾」へと変質したのです。この逆説的な構造こそが、本作が単なるバッドエンド小説にとどまらない最大の文学的理由です。