「平成おじさん」としての有名税が一人歩きしがちだった小渕氏だが、永田町における彼の本領は「人並み外れた調整能力」にあった。当時の竹下登内閣において、派閥間の激しい対立を収め、党内の意見をまとめ上げる泥臭い裏方作業を一手に引き受けていたのが彼である。
自由民主党のなかで、一見すると謙虚で出しゃばらない姿勢を保ちつつも、極めて高度な回し役を果たした小渕氏。「ビンのフタ」と揶揄されることもあったが、対立する重鎮たちの間に入り、絶妙な間合いで合意を形成していく政治手腕は稀有なものだった。権力闘争が渦巻く政界にあって、なぜ彼が多くの政治家から絶大な信頼を寄せられたのか。その理由は、彼の徹底した「聞き役」の姿勢にあった。