中村嘉葎雄の役者としての歩みは、昭和の芸能システムが生んだ奇跡の進化論といえます。
10代で映画界入りした若い頃の嘉葎雄は、その端正で甘いマスクと歌舞伎仕込みの上品な所作で、瞬く間に女性ファンを虜にしました。東映や松竹の青春映画・時代劇でアイドル的スターとして君臨し、プロマイド売上でも常に上位にランクインする存在でした。
しかし、30代を迎える頃から、彼は甘美な二枚目の殻を自ら打ち破ります。日本映画の巨匠たちとの出会いが、彼の内に眠る狂気とリアリズムを開花させました。
- 『金閣寺』(1976年・市川崑監督):吃音に苦しみ美に憑りつかれる学僧・溝口の狂気を怪演。第1回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。
- 『新・必殺仕置人』(1977年・TBS系列):手製の竹鉄砲を操る「巳代松(みよまつ)」役。陽気さと狂気、そして過酷な拷問に耐える壮絶な演技は、シリーズ最高傑作の呼び声が高い。
- 『復讐するは我にあり』(1979年・今村昌平監督):圧倒的なリアリズムの中で、人間の業を体現する確かな存在感を提示。
- 『冷たい熱帯魚』(2011年・園子温監督):晩年においても、カルト的な凄みを湛えた弁護士役で強烈なインパクトを残す。
「スター」から「役者」へ、そして「怪優」へ。時代劇の型を体得しながらも、現代劇の生々しい人間の暗部を表現できる稀有な演技術は、映画監督たちから絶大な信頼を集めました。