佐賀県神埼市および神埼郡吉野ヶ里町に広がる国指定特別史跡・吉野ヶ里遺跡では、長年手つかずだった日吉神社跡地、通称「謎のエリア」の発掘調査が大きな話題を呼びました。弥生時代を通じて集落の中心でありながら、神社が存在したために唯一未調査だった聖域です。
この調査で発見されたのは、丘陵の最上部に単独で築かれた長さ約2.3mの大型石棺墓でした。内部には鮮やかな水銀朱が塗布されており、一般集落民とは隔絶された最高ランクの首長クラスが埋葬された事実を物語っています。立地や墓の形式から「吉野ヶ里遺跡こそ卑弥呼の墓ではないか」との期待が全国的に高まりました。
しかし、酸性土壌の影響によって人骨は残っておらず、「親魏倭王」の金印や銘文入りの銅鏡といった決定的な副葬品も確認されませんでした。現時点では吉野ヶ里遺跡の石棺墓を卑弥呼本人と断定することはできないものの、北部九州に強大な権力を誇る統治者が実在した動かぬ証拠として考古学史に刻まれています。