事件から数年が経ち、ネット配信のプラットフォームは多様化し、規制も強化された。しかし、過激なコンテンツで注目を集めようとする配信者の本質は変わっていない。ニコ生という、良くも悪くもアングラな空気を残した場所だからこそ生まれた「唯我」という怪物の死は、コミュニティに重い問いを投げかけている。
視聴者はエンターテインメントとして彼らの暴走を消費する。だが、その消費の果てに待っているのが本物の「死」であると突きつけられた時、私たちは傍観者でいられるのだろうか。画面の向こう側の命を軽視するネットカルチャーの倫理観が、今改めて問われている。