水前寺清子の経歴を語る上で欠かせないのが、日本レコード史およびテレビドラマ史に刻まれた金字塔の数々です。デビュー当時の若い頃の写真は、ショートカットに着流し姿、あるいは凛々しいボーイッシュなスタイルで、従来の女性演歌歌手のイメージを根底から覆す鮮烈なインパクトを放っていました。
国民的アンセムとなった『三百六十五歩のマーチ』
1968年(昭和43年)にリリースされた『三百六十五歩のマーチ』は、累計売上100万枚を軽々と突破するメガヒットを記録。「ワン・ツー、ワン・ツー」のリズムに合わせて前進する前向きな歌詞は、高度経済成長に沸く当時の日本社会に絶大な活力を注入しました。この楽曲は現在に至るまで運動会や健康体操の定番曲として親しまれ、世代を越えて歌い継がれる日本のスタンダードナンバーとなっています。
最高視聴率56.3%を記録した伝説のドラマ『ありがとう』
歌手としての頂点を極めた彼女は、女優としても社会現象を巻き起こします。プロデューサー・石井ふく子氏に見出され、脚本家・橋田壽賀子氏らが手掛けたTBS系ドラマ『ありがとう』(1970年〜)に主演。看護婦編や警察官編などシリーズ化され、第2シリーズ(看護婦編)では日本の民放ドラマ史上歴代最高記録となる最高視聴率56.3%を叩き出しました。
歌手と女優の双方で天下を獲った彼女は、『NHK紅白歌合戦』においても紅組司会を計4回務め、通算22回連続出場という驚異的な記録を樹立。昭和の芸能界において、名実ともに頂点に君臨する大スターとしての地位を確立しました。