彼の政治活動や学問的探求のすべての原点は、1945年の凄惨な戦場にある。当時、沖縄師範学校の学生だった彼は、学徒兵として「鉄血勤皇隊」に動員された。情報宣伝隊に配属され、米軍の猛烈な砲爆撃に晒されるなか、周囲の仲間たちが次々と命を落としていく。自身も重傷を負い、死線の淵を彷徨った。
目の前で繰り広げられたあまりにも不条理な地獄絵図。これが彼の生涯を決定づけた。悲惨を極めた沖縄戦の体験は、彼に一つの揺るぎない確信を植え付けた。「軍隊は住民を守らない」という冷酷な現実である。この凄惨な実体験こそが、終生彼を突き動かした平和運動のエンジンとなった。