2005年、芸能界に激震が走った。10年以上に及ぶ結婚生活に終止符を打つことが発表されたからだ。会見や報道を通じて交わされた言葉には、憎しみ合いではなく、それぞれの生き方を尊重するための決断であるという苦渋の選択が見え隠れしていた。離婚の真相をめぐっては様々な臆測が飛び交ったが、二人を繋ぎ止めたのは他でもない「二人の息子に対する責任感」だった。
親権はRIKACOが持つこととなったが、渡部篤郎は父親としての関わりを絶つことはなかった。多忙な撮影の合間を縫って息子たちと時間を過ごし、教育や将来の選択についてRIKACOと連絡を取り続けた。メディアの前で互いを誹謗中傷することなく、子どもたちの成長を最優先に考えた二人の姿勢は、当時の離婚報道としてはきわめて成熟したものであった。