ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ私たちは、これほどまでに彼女の容姿の変化に過剰反応するのだろうか。男性アスリートが髪型を変えたり、肉体改造をしたりしても、ここまで「顔」だけに焦点を当てたバッシングや議論が巻き起こることは稀だ。ここには、日本社会が女性アスリートに対して抱く「清純で、素朴で、競技だけに打ち込んでいてほしい」という前時代的なファンタジーが透けて見える。
「女の子らしく化粧を楽しむこと」と「世界トップクラスのアスリートであること」は、決して相反するものではない。しかし、メディアや一部の視聴者は、彼女が「アスリートの枠」からはみ出し、一人の自立した女性として美を追求し始めたことに、一種の戸惑いや拒絶反応を示しているのではないだろうか。