国民的人気番組の顔として君臨していた5代目圓楽ですが、2000年代半ばから肉体は限界に達していました。2006年の笑点降板理由となった直接の引き金は、前年2005年10月に発症した「脳梗塞」でした。
一命をとりとめ、2006年1月には気力で司会の座に復帰したものの、画面越しにもわかるほど口元の動きや発声に微妙な乱れが生じていました。自著や当時の関係者の回想録によると、本人は「言葉を商売にする落語家が、ろれつが回らない姿を茶の間に晒すのは芸人失格だ」と激しく苦悩していたと記されています。
そして2006年5月14日、番組40周年記念特番の生放送をもって、自らマイクを置くことを宣言。後任を盟友の桂歌丸に託し、惜しまれつつ番組を去りました。この潔い身の処し方は、「これ以上仲間に気を遣わせたくない」という座長としての矜持でもありました。
司会勇退後も高座への復帰を諦めずリハビリに励みましたが、病魔は容赦なく彼を襲います。2007年には胃がんの手術を受け、落語界からの引退を表明。さらに腸閉塞や大腸がんの手術を重ね、最終的な5代目三遊亭圓楽の死因となったのは「肺がん」でした。2009年10月29日、家族と愛弟子たちに見守られながら77歳で永眠。最期まで「もう一度高座へ上がりたい」と語り続けた生涯でした。