玉置浩二の最初の結婚は、バンド「安全地帯」が全国区のブレイクを果たす直前の1980年代初頭にさかのぼる。お相手は同郷である北海道旭川市時代からの下積みを支えた一般女性だった。極貧のバンド活動時代、彼を健気に支え続けた彼女の存在なくして、初期の安全地帯の成功はあり得なかったと言っても過言ではない。
しかし、1983年にリリースされたシングル「ワインレッドの心」が爆発的な大ヒットを記録すると、彼を取り巻く環境は一夜にして激変する。全国を疾走する多忙を極めるスケジュールと、急激に高まったスポットライトの眩しさは、二人の間に少しずつ不協和音を生み出していった。音楽表現への没頭と私生活のズレは埋まることがなく、1986年に二人は静かに離婚という選択を下すこととなった。