昭和41年、日本テレビで放送が開始された『笑点』。その前身となる企画の段階から、番組の構想に深く関わっていたのが米丸だった。当時、テレビという新興メディアに対して古典的な演芸界はどこか懐疑的な視線を送っていた。しかし、彼は違った。「電波に乗せて全国に笑いを届けることこそ、落語の未来をひらく」という確信を持っていたのだ。
番組開始にあたり、若手落語家の起用や回答者のキャラクター作りにおいて、米丸の発言は大きな影響力を持っていた。自らも大喜利のメンバーや司会者として登場し、機知に富んだ回答で茶の間を魅了。後に看板司会者となる弟子の桂歌丸を番組に推薦したのも、彼の先見の明によるものだ。裏方としても演者としても、日本のTV演芸史の礎を築いた熱いドラマがそこには存在した。