2001年春、石坂浩二が水戸光圀役に抜擢された際、制作陣が掲げたテーマは「原点回帰とリアリズムの追求」でした。佐野浅夫が演じた第28部まででマンネリ化が指摘されていた長寿番組に新たな息吹を吹き込むべく、数々の大胆な改革が断行されたのです。しかし、この革新こそが、水戸黄門に石坂浩二が起用された理由そのものでありながら、皮肉にも視聴者の猛反発を招く最大の要因となりました。
最も象徴的だったのが、トレードマークであった「白いあご髭の廃止」です。史実における徳川光圀の肖像画には豊かな顎髭がなく、口髭のみであったという歴史考証を石坂本人が重視。従来の好々爺としたイメージを覆し、若々しく引き締まった知性派の光圀像を打ち出しました。ところが、テレビ画面の前に座る視聴者が求めていたのは、史実の正確さではなく「いつもの親しみやすい黄門様」だったのです。「髭のない黄門様など偽物だ」「誰だかわからない」といった抗議が放送局に殺到しました。
さらに、番組最大のカタルシスであった印籠を掲げる立ち回り演出の改変が火に油を注ぎます。石坂版では、毎話決まった時間帯に印籠を見せて悪人を平伏させるワンパターンをあえて崩し、事件の真相を暴く論理的な対話や心理戦を重視しました。印籠を懐から取り出さずに解決する回や、助さん格さんが名乗る前に光圀自身が静かに身分を明かす回など、リアリティを優先した演出が試みられた結果、「いつものスカッとする爽快感がない」という水戸黄門の印籠演出への批判へと直結してしまいました。