ジジの声が聴こえなくなった現象について、監督を務めた宮崎駿は極めて示唆に富む解釈を明かしている。そもそもジジの言葉とは独立した他者の声ではなく、キキ自身の内面における「もう一人の自分」との対話だったという見解だ。
孤独な旅立ちの際、まだ幼く未熟だったキキは、自分の不安や本音をジジという存在に投影して話していた。だが、街での人々に囲まれ、挫折を乗り越えて本当の意味での他者と向き合い始めたとき、彼女は内なる鏡を必要としなくなった。つまり、ジジが言葉を失ったのではなく、キキが大人の階段を登り「自分自身との対話」を卒業したことの証左なのである。