地上から見上げると巨大な防壁のようにそびえ立つ京急蒲田駅。この特異な駅舎が誕生した最大の契機は、長年地域経済と道路交通を麻痺させていた合計28箇所の踏切解消にあります。特に駅直横を通る国道15号(第一京浜)の踏切は、お正月恒例の箱根駅伝で選手が足止めされる光景が全国放映されるほどの難所であり、朝のピーク時には「開かずの踏切」として深刻な渋滞を引き起こしていました。
大田区および東京都、京浜急行電鉄が推し進めた連続立体交差事業は、2000年代初頭から本格化し、約12年の歳月をかけて2012年に完全高架化を達成しました。しかし、単に高架化するだけでは解決できない致命的な物理制約が存在しました。それが密集市街地ゆえの極小な敷地幅です。
京急本線と空港線が急曲線で分岐するこの地で、上下線の列車を同一平面上で分岐させると過密ダイヤを捌ききれません。そこで採用されたのが、「1階改札口・2階上り専用ホーム・3階下り専用ホーム」という縦に積み上げる完全重層化構造でした。本線と空港線の立体交差を縦方向に分離することで、平面交差による列車支障をゼロにするという、鉄道土木技術の結晶がこの「蒲田要塞」の正体です。