彼女の知的な佇まいと深い洞察力の基盤は、その生い立ちとキャリアの初期に形成された。東京都立大学人文学部を卒業後、1977年にテレビ朝日へ入社。同期や先輩たちの中でも際立った滑舌の美しさとニュース理解力の高さで、早くから報道の現場で頭角を現していた。
局アナ時代には『ニュースシャトル』など数々の重要番組を担当。1991年には同局を社外へ飛び出す形で退社し、芸能プロダクション「オフィス・トゥー・ワン」へ所属するフリーアナウンサーへと転身を果たした。当時は局アナが独立して報道番組のメインを務め続けるケースは珍しく、放送業界において大きな挑戦として受け止められた。彼女は組織の庇護を離れてもなお、視聴者からの圧倒的な支持を背景に、第一線の「喋り手」として君臨し続けたのだ。