府中刑務所で模範囚として過ごした白鳥は、1961年(昭和36年)に54歳で仮釈放を認められ、ついに自由の身となりました。通算26年にも及んだ過酷な獄中生活からの生還でした。
出所後の白鳥は、東京や千葉を拠点に建設作業員などとして真面目に働き、かつての凶悪犯という世間の視線を避けながら静かな市民生活を送りました。若い頃に結婚した妻との間には子どもがいたとされていますが、度重なる服役と逃走の中で家族関係は断絶。子孫との目立った交流は記録に残されておらず、身元を隠しながらひっそりと暮らしていたと伝えられています。
1979年(昭和54年)2月24日、白鳥由栄は東京都豊島区の病院で息を引き取りました。死因は心筋梗塞、享年71。波乱万丈を極めた脱獄王の最期を看取ったのは、晩年に親身になって身の回りの世話を焼いてくれた近隣の女性でした。その遺骨は、かつて脱獄後に身を隠したことのある山深い青森の地に、静かに葬られています。