賀来家の本貫の地は、現在の大分県宇佐市安心院町(あじむまち)にあります。この地で庄屋や学者、医師などを輩出してきた賀来家において、ひときわ異彩を放つ先祖が賀来惟熊(かく いくま)です。
幕末、黒船来航によって日本中が海防の危機に揺れるなか、惟熊は「自らの手で日本を守るための大砲を造らねばならない」と決意しました。当時、鉄製の大砲を鋳造するためには、超高温で鉄を溶かす最先端施設である反射炉が不可欠でした。佐賀藩や薩摩藩、水戸藩といった雄藩が莫大な予算を投じて国家プロジェクトとして建造を進めるなか、惟熊は私財を投げ打ち、技術者たちと試行錯誤を重ねて民間初となる反射炉(佐田反射炉)の建造を成し遂げたのです。
大砲の試射に成功し、近隣の藩からも注文を受けるなど、惟熊の成し遂げた事業は日本の産業技術史における奇跡的な偉業と評価されています。賀来千香子さんが見せる何事にも妥協しないストイックな女優魂は、未踏の領域に情熱を注いだ先祖・惟熊のフロンティアスピリットそのものと言えます。