富士の樹海にまつわる最大のミステリーといえば「方位磁石がぐるぐると狂い、方角が分からなくなる」という説です。この現象には、地質学的な背景に基づいた部分的な事実と、過剰に誇張されたフィクションが混在しています。
富士の樹海でコンパスが狂う理由の根源は、西暦864年の噴火で流出した「玄武岩質溶岩」にあります。この溶岩には多量の磁鉄鉱(マグネタイト)が含まれており、岩石自体が微弱な磁気を帯びています。実際に溶岩石にコンパスを数センチ単位で密着させたり、岩盤の上に直接置いたりすると、針が数度から数十度ほど狂うケースは確認されています。しかし、人間が立った状態で胸や腰の高さ(地上約1メートル以上)でコンパスを持った場合、磁気の影響はほとんどゼロになり、正確な北を指し示します。
陸上自衛隊や地元の山岳救助隊、ネイチャーガイドが樹海内で活動する際も、一般的なアナログ方位磁石を標準装備として使用しており、通常の使用環境で機能不全に陥ることはありません。
また、富士の樹海におけるGPS電波やスマートフォン通信に関しても誤解が続いています。かつては携帯各社のアンテナ基地局が少なく圏外エリアが目立ちましたが、2026年現在は主要キャリア(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイル)の電波網が国道139号線沿いや整備された遊歩道全域をカバーしています。衛星からのGPS信号も、鬱蒼とした木々のキャノピー(樹冠)によって数メートルの測位誤差が生じることはあるものの、現在地を完全に見失うような電波遮断は起こりません。