長刀「物干し竿」を背負い、天才的な剣技で知られた佐々木小次郎。そして二刀流を携え、数々の死線をくぐり抜けてきた宮本武蔵。両者の激突を描く際、常にハイライトとなってきたのが「鞘(さや)を捨てた」小次郎に対する武蔵の喝破である。勝負の直前、鞘を波間に投げ捨てたライバルに対し、「鞘を捨てたのは敗北の証」と言い放つ演出は、大衆の心を掴んで放さない。
この劇的な描写を決定づけたのは、昭和初期に吉川英治が新聞連載した小説『宮本武蔵』だった。吉川の手によって重厚な人間ドラマとして昇華された物語は、その後の映画やTVドラマに決定的な影響を与え、日本人の共通体験として根付いていく。しかし、当時の一次資料を読み解くと、実際の決闘の様相は我々が知るフィクションとは大きく異なる姿を覗かせる。