昭和の鉄道技術史において、C57形蒸気機関車は特別な位置を占めている。かつて国鉄の技術トップとして数々の名車を世に送り出し、後に東海道新幹線計画を牽引した技術者・島秀雄も深く関わったこの形式は、細身のボイラーと大きな動輪のバランスが極めて美しい。その洗練されたシルエットから、いつしか人は親しみを込めて「貴婦人」と呼ぶようになった。
戦後の高度経済成長期を経て、昭和40年代後半に蒸気機関車は全国の幹線から次々と姿を消した。しかし、日本の鉄道産業が培った技術の結晶を後世に伝えるため、山口線での動態保存が決定される。これが、現代における蒸気機関車動態保存事業の先駆けとなった。SLやまぐち号としての起用は、単なる懐古趣味にとどまらず、動く産業遺産を地域観光に活かす画期的な試みであったのだ。