旧皇族とは、1947年(昭和22年)10月14日に皇籍を離脱した11宮家51名の方々と、その男系子孫を指します。終戦直後、昭和天皇の直系である昭和天皇ご一家、弟君である秩父宮、高松宮、三笠宮の直宮(じきみや)3家を除くすべての宮家が皇族の身分を離れることになりました。
この大規模な皇籍離脱が断行された背景には、主に2つの大きな理由が存在します。
第一の理由は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による対日占領政策です。GHQは皇室の政治的影響力や規模を縮小させ、国家財政と皇室財産を明確に分離する方針を打ち出しました。巨大な特権階級を解体し、民主化を進める過程で宮家の縮小は避けられない命題とされたのです。
第二の理由は、敗戦直後の日本における深刻な財政難と新憲法の施行です。日本国憲法第88条において「すべて皇室財産は、国に属する」と規定され、皇室の経済基盤は国費からの給付(皇室経済法)に依存する形へ刷新されました。当時の疲弊した国家財政において、多数の宮家皇族へ皇族費を支給し続けることは極めて困難であり、政府としても規模縮小を受け入れざるを得ない情勢でした。