金王八幡宮がビジネス街・渋谷において「最強の出世神社」として崇敬される決定打となったのが、江戸幕府の草創期に起きた歴史的ドラマです。
江戸初期、三代将軍の座を巡って徳川秀忠の長男・竹千代(後の徳川家光)と次男・国松(後の徳川忠長)の間で深刻な跡継ぎ争いが勃発しました。この時、竹千代の乳母であった春日局(かすがのつぼね)と、養育係の旗本・青山忠俊が金王八幡宮に日参し、竹千代の将軍就任を祈願したと伝えられています。
結果として竹千代は三代将軍の座に就き、祈願成就への感謝として慶長17年(1612年)、春日局と青山忠俊によって現在の社殿および神門が寄進・造営されました。この「大逆転劇を支えた」という史実こそが、勝負運・出世開運・金運をもたらす強力なパワースポットとして語り継がれる最大の根拠です。現在でも、新規事業の立ち上げや昇進、大型契約の成就を祈る参拝者が絶えません。