数ある浮世絵のなかでも、喜多川歌麿が残した春画の傑作『歌まくら』(天明8年/1788年刊行)は、別格の輝きを放っています。全12図からなるこの大判錦絵仕立ての艶本は、男女の絡み合いを単に誇張して描く当時の一般的な春画とは一線を画し、互いに抱く感情の揺れや、交歓の瞬間に漂う空気感そのものを捉えきっています。
特に世界的な名画として名高いのが、第1図に収められた「茶屋の逢引(情交の図)」です。横たわる男女の顔が大胆にクローズアップされ、女性の恍惚とした表情、わずかに開いた口元、そして男性の背中に回された女性のしなやかな指先が、言葉以上の親密さを物語ります。歌麿は肉体の結合そのもの以上に、「二人の間に流れる濃密な情愛と息づかい」を克明に可視化しました。
鑑賞者の視線を奪うのは、西洋の古典絵画にも匹敵する心理描写のリアリティです。恥じらい、陶酔、執着、そして刹那の寂寥感までもが同居するその表情は、観る者の感情を強く揺さぶります。エロティシズムの奥にある人間の根源的な美しさを抉り出した点こそ、歌麿の枕絵における代表作が国境や時代を越えて称賛される最大の理由です。