大谷一良の版画技術において最も注目すべき点は、彫刻刀の刃先の動きに宿る「迷いのなさ」です。版木に向き合い、一刀一刀を刻み込む作業は、山を一つひとつ登り詰めていく行為と重なります。
モノクロームの表現においては、黒インクの濃密な深みと紙の余白(白)のバランスが完璧に計算されています。白は単なる未印刷の領域ではなく、光を放つ雪原であり、山を包み込む霧であり、流れる雲そのものとして存在感を放ちます。
多色摺りで見せる静かな情緒
カラー作品においても、大谷は決して派手な色彩を使いませんでした。くすんだ青、淡い緑、渋い茶系など、日本の自然界に溶け込む落ち着いたトーンを重ね合わせることで、朝靄に霞む山肌や夕暮れ時の稜線の哀愁を見事に表現しています。