ななつ星の神髄は、工業デザイナー水戸岡鋭治氏が手掛けたクラフトマンシップの極致と、現地の一流料理人たちによる食の総合演出にあります。記者が現地取材で目にしたのは、量産型の高級ホテルでは決して再現できない「手仕事の凄み」でした。
車内に一歩足を踏み入れると、樹齢数百年の木材を贅沢にあしらった格天井と、福岡の伝統工芸「大川組子」の精緻な木組みが視界を埋め尽くします。陶芸家・十四代酒井田柿右衛門の遺作となった有田焼の洗面鉢や、人間国宝の手による調度品が飾られた空間は、もはや「走る美術館」そのものです。水戸岡氏は特番のインタビューにおいて「古びるのではなく、使い込まれることで美しくなる素材しか使っていない」と述懐していますが、運行から年月を経た今なお、車内には深みのある木の芳香が漂っています。
さらに乗客の心を奪うのが、ななつ星の食事監修を務める九州各地のレジェンドシェフたちです。各駅の停車時間に合わせて地元屈指の名店(日本料理、フレンチ、イタリアン)の料理人たちが食材と共に車内厨房へ乗り込み、その場で腕を振るいます。朝採れの関アジや宮崎牛、幻と呼ばれる伝統野菜が、有田焼の特注器に美しく盛り付けられて運ばれる瞬間、サロンカーには感嘆の息が漏れます。乗客の一人は手記の中で「ただ美味しいだけでなく、料理人が窓の外の生産者の物語を語りながら料理をサーブしてくれる。九州の大地そのものを食している感覚だった」と語っています。