心地よいリズムと朗らかな歌声から、南国ののどかな日常を描いた楽曲だと受け取られがちな『スリー・リトル・バーズ』ですが、その制作背景には血生臭い政治的暴力の影が色濃く落ちています。時計の針を1976年12月3日へ巻き戻してみましょう。
当時、冷戦下のジャマイカは社会主義寄りの人民国家党(PNP)と親米保守のジャマイカ労働党(JLP)による激しい武力衝突の渦中にありました。平和を呼びかけるフリーコンサート『スマイル・ジャマイカ』を目前に控えたその夜、キングストンのホープ・ロード56番地にあったボブの自宅兼リハーサルスタジオが、突如として完全武装した複数の暴漢に襲撃されます。ボブは胸と腕を撃たれ、妻のリタ・マーリーは頭部に被弾、マネージャーのドン・テイラーは下半身に5発の銃弾を浴びるという凄惨極まる暗殺未遂事件でした。
奇跡的に一命を取り留めたボブは、事件からわずか2日後、包帯を巻いた痛ましい姿でステージに立ち、8万人の聴衆の前で歌い切りました。しかし、政治闘争の標的にされた祖国に留まることは叶わず、彼はイギリス・ロンドンへの亡命を決断します。この過酷な亡命生活の中で、恐怖と孤独に苛まれながら録音されたアルバムこそ、ロック史に燦然と輝く金字塔『Exodus(エクソダス)』(1977年リリース)でした。
『スリー・リトル・バーズ』はこの歴史的名盤のB面4曲目に収録されています。死の恐怖を骨の髄まで味わい、祖国を追われた男が、極寒のロンドンで絞り出すように歌った「心配はいらない、すべてはうまくいく」という言葉。それは甘ったるい現実逃避の気休めなどではなく、極限状態を生き延びた者だけが到達できる、魂の防衛本能と祈りが結晶化した言霊だったのです。