西川貴教のビジュアルとキャリアの変遷を語る上で欠かせないのが、1990年代初頭のバンド活動と、その後のプロデューサー浅倉大介との運命的な出会いです。ここでは、彼が歩んできた主な歴史を年表形式で振り返ります。
1989年に結成されたロックバンドLuis-Mary(ルイ・マリー)で、西川貴教は「灰猫(HAINE)」名義のボーカリストとして活動を開始しました。当時のインディーズおよびメジャーシーンにおいて、彼の透き通るような白い肌、大きな瞳、サラサラの金髪や中性的なメイクは「お人形のような美少年」と称され、ヴィジュアル系ロックファンの間で絶大な人気を博しました。当時の雑誌グラビアやCDジャケットに残る写真は、現在の力強いイメージとは対極にある、繊細で妖艶なオーラを放っています。
1993年のバンド解散後、充電期間を経てプロデューサーの浅倉大介と出会ったことで、1996年にソロプロジェクト「T.M.Revolution」が始動します。デビュー曲『独裁 -monopolize-』やブレイクの契機となった『HEART OF SWORD 〜夜明け前〜』のMVでは、中性的な透明感を残しつつ、洗練された都会的な美青年へと進化。当時のファンの間では「中性的で整った顔立ちと、驚異的なハイトーンボイスのギャップ」が強烈なアイコンとして受け止められていました。