なぜ今、ラフレシアなのか。チューリップでもバラでもなく、大輪でありながら異臭を放ち、他者のエネルギーを吸って咲く花。そこには、SNS時代における人間のナルシシズムと自己肯定感の脆さがグロテスクなまでに美しく投影されている。
誰かに依存しなければ生きていけない弱さと、それでも自分だけの巨大な花を咲かせたいという強烈な自尊心。言葉の節々から滲み出るのは、矛盾を抱えたまま生きる現代人の自画像だ。綺麗事だけの歌詞に飽き飽きしていた若者たちにとって、この泥臭くも圧倒的な存在感を示す言葉の数々は、救いそのものとして響いたに違いない。