彼女を語る上で欠かせないのが、本名である大西賢治(おおにし けんじ)としての原体験です。大阪府で生まれ育った幼少期、身体の性と心の性の不一致に深く悩み、周囲の無理解や心ないからかいに傷つく日々を送っていました。
家庭環境も決して平坦ではなく、実家の飲食店経営を支えるために幼い頃から家事を手伝い、家族のために奔走する苦労人としての一面を持っていました。思春期には「自分らしく生きたい」という強い願いと、家族を悲しませたくないという思いの間で激しい葛藤を抱えていたと振り返っています。
10代半ばからショーパブの世界へ飛び込み、プロのダンサー・エンターテイナーとして腕を磨いた彼女。当時の若い頃の写真がメディアで公開されるたび、アイドルのように端正なビジュアルと抜群のスタイルが大きな反響を呼びます。過酷な下積み生活の中で培った根性と人間観察力こそが、現在の息の長い活躍を支える強固な土台となっています。