明治以降の日本画は、常に「西洋油彩画との対比」のなかで模索を続けてきた。横山大観や菱田春草らが確立した近代日本画の美意識は、四季折々の自然描写や歴史的テーマを中心に展開した。終戦後の高度経済成長期を迎えても、日本画のモチーフとして「都市」が選ばれることは極めて稀だった。
理由は明快だった。鉱物を粉砕して作る岩絵の具や和紙という繊細な画材は、巨大なコンクリート、冷たい鉄骨、蛍光灯の眩しい光を描くには不向きだと考えられていたからだ。
米谷清和はその定説を鮮やかに覆した。彼が画題として選んだのは、風に揺れる竹林でもなければ清廉な富士山でもない。人々がすれ違うJRのホーム、地下鉄の階段、雨に濡れる渋谷のスクランブル交差点だった。米谷は伝統素材の持つ重厚な質感と粒子感を巧みに活かし、都市が抱える独特の湿度と静寂を描き出すことに成功した。