郷ひろみのキャリアを紐解く上で、1970年代中盤の移籍劇は最大のターニングポイントと言える。1972年、ジャニーズ事務所からシングル『男の子女の子』で鮮烈なデビューを飾り、瞬く間にトップアイドルの座へと駆け上がった。ハイトーンボイスと愛らしいルックスは社会現象となり、ブロマイドの売上記録を次々と塗り替えていく。
しかし、彼は敷かれたレールの上に安住することを拒んだ。1975年、さらなる表現の自由と本格的なエンターテイナーへの脱皮を目指し、バーニングプロダクションへと移籍する。当時の芸能界において、トップアイドルが事務所を移籍することは極めて異例であり、大きなリスクを伴う賭けだった。だが、この強い覚悟と自立心が、彼を一過性のアイドルから時代を牽引する大人のスーパースターへと進化させる原動力となった。