蜷川の稽古場といえば、怒号と飛交うパイプ椅子、そして飛んでくる灰皿の噂が都市伝説のように語られてきた。しかし、その苛烈さの真意は、役者の虚飾を剥ぎ取り、剥き出しの人間性を引っ張り出すことにあった。「お前なんか下手くそだ」「もっと自分を追い込め」。蜷川の罵倒は容赦がなかった。
若き日の小栗は、その過酷な演出に打ちのめされながらも食らいついた。プライドを木端微塵に砕かれ、自らの無力さに涙を流した夜は数知れない。しかし、蜷川は見抜いていたのだ。叩けば叩くほど光を放つ、小栗の中に眠る底知れぬマグマのような熱量を。演出家の愛とは、生ぬるい言葉ではなく、極限まで追い詰めることで役者の秘めたる器を開花させることだった。