芸妓として生きていくことを決めた渋沢兼子さん。
そんな時、夫となる渋沢栄一さんと縁あって出会い、再婚します。
結婚に至るまでを調べてみました。
2人の馴れ初め
芸妓として身を立てるため、置き屋の門をたたいた渋沢兼子さん。
渋沢兼子さんは、芸妓としての仕事を紹介してもらうように、口入れ屋(職業周旋業者)に頼んでいました。
渋沢栄一さんも、コレラで命を落とした前妻・千代さんの代わりに家の手伝いをしてくれる女性を探すように、口入れ屋に頼んでいました。
口入れ屋の照会で二人は出会いました。
そして、渋沢家のお手伝いとして渋沢家に住むことになったのです。
元々は妾だった
渋沢栄一さんには、多数の妾がいました。
口入れ屋からも、「芸妓にはなれないけど、お妾の話ならばある」と言われていました。
渋沢兼子さんは、妾になることは断固拒否してましたが、結果として渋沢栄一さんの妾となったようです。
元妻・千代が関係していた
渋沢栄一さんは、もともと尾高千代さんという女性と結婚していました。
二人はいとこ同士で幼い頃から親しかったこともあり、結婚しましたが、結婚生活は平穏ではなかったようです。
幕末という時代背景もあり、渋沢栄一さんはパリの万博視察の遂行員として渡仏。
離れ離れの生活中も家庭を守った千代さんでしたが、コレラを患って1882年に死去。
伊藤兼子さんと渋沢栄一さんが出会ったのは1883年で、千代さんの亡くなった翌年のことでした。
2人の出会いは、千代さんが引き寄せたものと言ってもいいかもしれませんね。