渋沢栄一と後妻・伊藤兼子は互いに再婚だった!18歳で家業を継いだ波乱の人生とは? | かっこいい有名人研究所

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渋沢栄一と後妻・伊藤兼子は互いに再婚だった!18歳で家業を継いだ波乱の人生とは? | かっこいい有名人研究所の具体的な内容に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

芸妓として生きていくことを決めた渋沢兼子さん。

そんな時、夫となる渋沢栄一さんと縁あって出会い、再婚します。

結婚に至るまでを調べてみました。

2人の馴れ初め

芸妓として身を立てるため、置き屋の門をたたいた渋沢兼子さん。

渋沢兼子さんは、芸妓としての仕事を紹介してもらうように、口入れ屋(職業周旋業者)に頼んでいました。

渋沢栄一さんも、コレラで命を落とした前妻・千代さんの代わりに家の手伝いをしてくれる女性を探すように、口入れ屋に頼んでいました。

口入れ屋の照会で二人は出会いました。

そして、渋沢家のお手伝いとして渋沢家に住むことになったのです。

元々は妾だった

渋沢栄一さんには、多数の妾がいました。

口入れ屋からも、「芸妓にはなれないけど、お妾の話ならばある」と言われていました。

渋沢兼子さんは、妾になることは断固拒否してましたが、結果として渋沢栄一さんの妾となったようです。

元妻・千代が関係していた

渋沢栄一さんは、もともと尾高千代さんという女性と結婚していました。

二人はいとこ同士で幼い頃から親しかったこともあり、結婚しましたが、結婚生活は平穏ではなかったようです。

幕末という時代背景もあり、渋沢栄一さんはパリの万博視察の遂行員として渡仏。

離れ離れの生活中も家庭を守った千代さんでしたが、コレラを患って1882年に死去。

伊藤兼子さんと渋沢栄一さんが出会ったのは1883年で、千代さんの亡くなった翌年のことでした。

2人の出会いは、千代さんが引き寄せたものと言ってもいいかもしれませんね。

小林 直樹
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小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。